大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)1406号 判決

原告

山本満

被告

登興業こと松原進

ほか一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金八八二万六七〇〇円及びこれに対する昭和五六年五月二一日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五六年五月二〇日午後一時ころ

(二) 場所 名古屋市緑区鳴海町修理田三五番地先交差点

(三) 加害車 一〇トンダンプカー(名古屋一一ゆ三二三、以下「加害車」という。)

右運転者 被告柴田始(以下「被告柴田」という。)

(四) 被害車 普通乗用自動車(名古屋五八ろ四四四三、以下「被害車」という。)

右運転者 原告

(五) 態様 被害車が前記交差点で赤信号に従つて停車していたところ、後方から走行してきた加害車が被害車に追突したもの。

2  責任原因

(一) 被告柴田は、前方不注視のまま、時速約五五キロメートルで漫然進行した過失により、本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故により原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告登興業こと松原進(以下「被告松原」という。)は、本件事故当時の加害車の保有者として自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、また、被告柴田は、被告松原の被傭者としてその業務従事中に前記過失により本件事故を起こしたものであるから、被告松原は民法七一五条(使用者責任)に基づき、本件事故により原告が受けた損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 原告は、本件事故により頸椎損傷、両側神経難聴の傷害を負つた。

(二) 右受傷に伴う損害

(1) 治療費及び通院交通費

原告は本件事故後、右受傷のためほぼ一日おきに坪井整形外科病院とふじい耳鼻咽喉科医院に通院加療を続け、昭和五八年一二月末日までの治療費については被告らから支払を受けたが、昭和五九年一月一日以降の治療費・通院交通費は、金八〇万円を下らない。

(2) 前記通院に伴う慰謝料は、金一二〇万円を下らない。

(3) 後遺症慰謝料

原告は現在も通院加療中であるが、後遺症等級一二級一二号と同一一級六号の合併により、同一〇級程度の後遺症認定が見込まれる。これに相当する慰謝料額は金四〇三万円が相当である。

(4) 後遺症逸失利益

原告は、昭和一二年八月二一日生まれの名古屋市職員であり、事故当時年収四五〇万円を得ていたが、本件事故により労働能力の二〇パーセントを喪失し、その就労可能年数は一二年(ライプニツツ係数八・八六三)であるから、これらにより算定すると逸失利益は金七九七万六七〇〇円となる。

(計算式)

4,500,000×0.2×8.863=7,976,700円

よつて、原告は被告らに対し、各自前記損害金合計金一、四〇〇万六七〇〇円の内金として、金八八二万六七〇〇円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五六年五月二一日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

一  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1の各事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実は明らかに争わない。

(二)  請求原因2(二)の事実中、被告松原が本件事故当時加害車の保有者であつたこと及び被告柴田は被告松原の被傭者としてその業務中本件事故を起こしたことは認め、その余は明らかに争わない(被告松原)。

3(一)  請求原因3(一)の事実は不知。

(二)  請求原因3(二)(1)の事実中、被告らが昭和五八年一二月末日までの治療費を支払つた事実は認め、その余は不知。

(三)  請求原因3(二)(2)、(3)の各事実は不知。

(四)  請求原因3(二)(4)の事実中、原告が昭和一二年八月二一日生まれの名古屋市職員であることは認め、その余は不知ないし争う。

三  抗弁(被告ら)

1(一)  原告と訴外中西春美(以下「訴外中西」という。)は、昭和五八年一二月二日、本件事故に関して次の条項で示談を締結した。

(1) 原告の治療費については、被告らにおいて昭和五八年一二月末日まで支払う。

(2) 被告らは、原告の休業損害、通院慰謝料など一切の損害額一二七万一二一二円から既払分一二万一二一二円を控除した金一一五万円を支払う。

(3) 原告に将来後遺障害が発生したときは医師の診断に基づき被告松原(加害車)の自賠責保険に被害者請求する。

(4) 原告は被告らに対し、本件事故に関し、右条項以外に一切の請求をしない。

(二)  訴外中西は右示談を締結する際、原告に対し、被告らのためにすることを示した。

(三)  被告らは、右示談締結に先立ち、訴外中西に原告との示談締結についての代理権を授与した。

(四)  被告松原は右示談条項1(一)(1)、(2)に従い、治療費及び金一一五万円を支払つた

2  右示談契約が原告と被告柴田との間で未成立であるとしても、被告松原が、右示談金を原告に支払い、また、加害車の自賠責保険会社である訴外共栄火災海上保険相互会社が、当裁判所昭和六〇年(ワ)第四一八九号後遺症保険金請求事件の判決で認定された本件事故による後遺症損害につき損害賠償責任保険金を原告に支払つたから、原告の損害は填補された。

四  抗弁に対する認否

1(一)  抗弁1(一)の事実は否認する。原告は、深夜勤務の疲れと病み疲れに加え、暖かい日ざしで眠気を催し、判断力を欠いたまま、訴外中西の執拗な要求に応じて示談書に署名捺印したもので示談締結意思を欠いていた。

(二)  抗弁1(二)、(三)の事実は明らかに争わない。

(三)  抗弁1(四)の事実は認める。

2  抗弁2の事実中、原告が被告ら主張の金員を受領したことは認めるが、損害が填補されたとの点は争う。

五  再抗弁

1  右示談は自賠責保険の後遺症分を除くとはいえ、実質上最終的示談でありその意思表示となつている。

2  右示談当時、原告は、当時通院治療継続中で、向後の通院、治療などの見通しも分からない状態であり、原告はその時点までの慰謝料を払つてもらうのに必要な部分的な示談であると認識していた。

3  この錯誤なかりせば、原告のみならず、一般人でも右示談締結の意思表示はしなかつたと考えられる。

六  再抗弁に対する認否(被告ら)

再抗弁1の事実は認め、2、3の事実は否認する。

七  再再抗弁(被告ら)

原告の錯誤は、原告の重大な過失によるものである。

八  再再抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

本件記録中の各書証目録及び各証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1の各事実(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(一)の事実(被告柴田の責任原因)は、被告らが明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

請求原因2(二)の事実(被告松原の責任原因)中、被告松原が本件事故当時の加害車の保有者である事実は当事者間に争いがない。

以上の事実から、被告柴田は民法七〇九条に基づき、被告松原は運行供用者として、自賠法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  よつて次に原告に生じた損害について判断する。

1  傷害の結果

原本の存在ならびに成立に争いのない甲第四号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一、二号証を総合すれば、請求原因3(一)(傷害)の事実を認めることができる。

2  治療費及び通院交通費

前掲甲第四号証、証人中西春美の証言を総合すると、坪井整形外科病院の原告の担当医が、昭和五八年一二月以前に原告の傷害につき症状固定を示唆していた事実、加害車の自賠責保険による治療費の支払が昭和五八年一二月頃に打ち切られた事実が認められる。以上の事実から、原告の本件事故による傷害の実質上の症状固定時期は、昭和五八年一二月末日であると推認することができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして原告が症状固定時である昭和五八年一二月末日までの治療費の支払を被告らより受けた事実は原告が自認するものであるところ、症状固定後である昭和五九年一月一日以降の治療費・通院交通費が本件事故と相当因果関係ありと認めるに足る証拠はない。

3  通院慰謝料

前掲甲第四号証、原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故後、名古屋市南区の坪井整形外科病院、名古屋市緑区のふじい耳鼻咽喉科医院に週に二ないし三回位は通院していた事実を認めることができ、前記認定の受傷内容をも考慮すると、通院に伴う慰謝料は金九五万円が相当である。

4  後遺症慰謝料

原本の存在ならびに成立に争いのない甲第四号証、成立に争いのない甲第六号証、原告本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証を総合すれば、原告は、本件事故により、頸部位の神経症状と両側神経難聴の後遺障害を残している事実を認めることができ、かつ、右後遺障害は、自賠法施行令二条の後遺障害別等級第一一級に相当するものであると認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして、右後遺障害の内容・程度、本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、慰謝料は金三〇〇万円が相当である。

5  後遺症逸失利益

原告が昭和一二年八月二一日生まれの名古屋市職員である事実は当事者間に争いはなく、成立に争いのない甲第三号証、甲第五号証によれば、事故当時、原告が金四五〇万円を下らない年収を得ていた事実を認めることができる。しかしながら、前掲甲第六号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告に後遺障害による具体的な減収は生じていないことが認められ、このように現実の収入減が生じていない場合には、慰謝料算定における斟酌事由とすることは別として、原告主張のように労働能力喪失ありとして右収入を基礎に逸失利益を算定し、これを損害と目することは相当でない。

四  抗弁について

1  抗弁1(一)の事実(示談締結)につき、原告は、示談締結意思を欠いていた旨主張するので、この点につき判断する。原本の存在ならびに成立に争いのない乙第一号証、証人中西春美の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告の仕事においては、四日に一回の割合で定期的に深夜勤務の当番が回つてくるが、原告は本件事故後も何ら支障なく仕事を遂行してきたこと、示談締結の前日から当日にかけて、原告は四時間の仮眠をとつていること、示談締結の日時は、当日、原告が訴外中西に電話で指定したこと、原告は、本件示談書に署名する前に訴外中西から示談内容につき約一時間にわたり詳細な説明を受けていること、示談締結後、原告は、訴外中西を車で送り、その途中、示談締結の結果を担当医に報告するため訴外中西に坪井整形外科病院に寄るよう懇請したことが認められる。以上の事実を総合すれば、原告には示談締結意思が存在したことを推認することができる。右認定に反する原告本人の供述は信用することができない。

2  抗弁1(二)、(三)の事実は、原告が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

3  抗弁1(四)の事実は当事者間に争いがない。

4  加害車の自賠責保険会社である訴外共栄火災海上保険相互会社が当裁判所昭和六〇年(ワ)第四一八九号後遺症保険金請求事件の判決で認定された本件事故による後遺症損害につき、損害賠償責任保険金を原告に支払つたことは、当事者間に争いがない。

五  再抗弁について

1  再抗弁1の事実は当事者間に争いがない。

2  再抗弁2(要素の錯誤)の事実について判断するに、原告は、本件示談が示談締結時までの慰謝料を払つてもらうのに必要な部分的示談であると認識していた旨供述するが、前掲乙第一号証、証人中西春美の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、以前にも息子の交通事故に際して示談を締結した経験があること、本件示談締結の際も原告は、示談の意味を認識し、示談書の標目、示談条項を読んでいることが認められ、加えて、先に認定したように、原告は、示談書に署名する前に訴外中西から示談内容につき約一時間にわたり詳細な説明を受けていること、本件示談締結時においては、実質上の症状固定時期が近く、示談金額も本件事故によつて原告に生じた損害を填補するのに不合理な金額とはいえないことが認められ、以上の事実に照らせば、原告本人の右供述は、たやすく信用することができず、他に要素の錯誤を認めるに足る証拠はない。

3  よつて、その余の点について判断するまでもなく、再抗弁の主張は理由がない。

六  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 神沢昌克)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例